03. つくること/くらすこと

2009年10月26日 (月)

◎ 縁側にて

□展覧会「常滑フィールド・トリップ2009」の最終日の終了間際、一組のカップルが私の展示会場を訪れた。門を入り、雑草の庭のあいだを抜ける小径を通り、家の縁側のところにたどり着いた。座ってもらうために備えておいた座布団に彼らは無言で座った。夕暮れ間近のひととき、鳥や虫の声が聞こえる。風に揺れる庭の草葉の音。静かな時が流れる。ふたりは、お互い一言も話すことなく、庭の雑草や道の向こうの景色をゆっくりと眺め続けている。私は、彼らがこの場でのひとときを十分味わったと思われる頃合いを見計らって、声をかけた。
「この展覧会を何でお知りになりましたか」
「たまたま観光に来て歩いていたら面白そうなことをやっていたので、案内標識に沿ってここまで来てしまったんです」
23箇所ある会場の、ここは22番目だ。どこから見始めたのかは聞かなかったが、まるで彼らは長い旅を終えた後のような雰囲気を漂わせていた。
時間は、午後5時になった。この日のこの時をもって展覧会がすべて終了する時間となったのだ。彼らにとって「常滑フィールド・トリップ2009」の最終地点は、ここだった。思いがけない旅路に迷い込み、私の会場までたどり着き、家の縁側に座り、無言で庭とその向こうの風景を眺めていた彼らは、私にとって最も望ましい来客の姿であった。彼らは「常滑フィールド・トリップ2009」の最後の旅人に相応しかった。
私は彼らを家の中に招き入れ、そこに展示してある作品を見てもらった。4ヶ月をかけて手入れした庭で集めた草や種、昆虫の抜け殻や屍骸、雨だれに磨き込まれた小石などが端正な配置で展示してあるのを見て、「写真にとっていいですか」と問われる。「どうぞ」と答える私。
いつしか日も暮れてあたりは薄暗い。小さな声で「どうも、ありがとうございました」の一言だけを残して、彼らは静かに立ち去った。その後の静寂のひとときを一人味わい、私は展覧会の幕をおろした。
Weed08



2009年9月21日 (月)

◎ 創作のための

□展覧会企画「常滑フィールド・トリップ2009」の準備に追われてブログを書いている余裕が持てなかった。気がつくと私の手がけている庭の雑草も青々とした緑が薄れ、わずかに「枯れ」を感じさせる色合いに変化してきている。庭でのゆったりとした時間を持ちたかったのだが、慌ただしさの中に埋もれてしまっていた。庭に広がる虚空から言葉をひとつひとつ釣り上げ、それを連ねた短い文を日々書き続けようと思っていたのだが。
 展覧会まで残すところ3週間。雑務に追われながらも、創作のための時間を上手に作って行くしかないのだろう。
Weed07





2009年8月23日 (日)

◎ シューティング

□ツバメは、もう庭には現れなくなった。今はトンボがやってくる。赤とんぼも来るが、胸の部分が青く光った少し大きいトンボが悠然と庭の上を旋回する。鬼ヤンマか、銀ヤンマだと思うのだが、よくわからない。それは、赤とんぼのように群れてやってくることはない。
ツバメのときもそうなのだが、早く飛ぶ生き物に対して狩猟のようにカメラを向ける。動物的本能がうずくのか。写真表現というより、銃で撃ち落とすかのようにシャッターを切る。カメラのオートフォーカスを解除し、マニュアルフォーカスで1mに固定する。ノーファインダーで獲物が1m程の距離に来たときにカメラをそちらに向けてシャッターを切る。
不思議なことにシャッターのカシャンという音に胸の青いトンボは反応して静止する。その時が、シャッターチャンスだ。瞬間的に狙いを定め、カメラのレンズをトンボに向けワンショット。
カシャン!というシャッター音が、庭の広がりに一瞬響き、青い空に消えて行く。

Weed06



2009年8月14日 (金)

◎ 庭の来訪者

□庭には、様々な来訪者がある。6月頃、一羽の鳥がやってきて地面をついばんでいた。色が白と黒で、歩くとき尾が上下に動く鳥だ。その後、鳩がやってきたのだが、しばらくすると来なくなり、続いてツバメが庭の上を勢いよく飛び交うようになった。速いため、写真にとるのが難しかったのだが、なんとか撮りおさめることができた。
そのツバメだが、毎日やってきては庭の上を繰り返し飛び交い、しばらくするとどこかへ行ってしまう。巣作りの場所の候補にでもなっているのだろうかと思った。だが、この家に巣をつくられるのはまずいのだ。ここでの10月の展覧会が終わった後に家は取り壊されてしまう予定なのだから。しかし、そんな心配も無用なようで、最近はツバメの姿も見かけなくなった。どこへ行ってしまったのだろう。
次に、この庭を訪れるのは、どんな鳥だろうか。
Weed05



2009年7月23日 (木)

◎ 庭の住民

□今日は、電気工事店に行った。空き家に仮設で電気を通すことにした。10月の展覧会で電気が必要になる可能性があるため早めに手を打ったということと、展覧会までの約2ヶ月半という期間、その場に滞在できる時間を増やすためだ。夜の照明、パソコンの電源など何かと必要となる。お湯を沸かしてお茶やコーヒーもいれて飲みたい。ゆったりとした時間をそこで過ごしたい。窓を開ければ草の生い茂る広々とした庭の眺め。
庭の植物は、少しずつ増えてきている。日々、草を見ていると、それらの名前をほとんど知らないことがわかった。名前を知るために「野草・雑草図鑑」を昨夜ネットで注文した。
虫も増えてきている。今日は、なぜかイモ虫や毛虫が一斉に姿をあらわした。一体どこに隠れていたのだろう。季節の巡りの中で、規則正しく彼らはその姿を変えて行く。もうしばらくすれば、どこかの場所でサナギとなり、羽化して蝶や蛾となって飛んで行くのだ。
昆虫図鑑も欲しくなった。

Weed04



2009年7月22日 (水)

◎ 庭しごと

□梅雨も開け、日照りの厳しい毎日。除草処理の施された庭では、雑草も水を与えなければ思うようには育ってくれない。なにぶん空き家を利用しているので、水道も電気もガスも止まっている。庭の雑草に水をやるために水道を通した。ホームセンターで水撒き用のホースを購入。20mで¥1980。午前中は、水を撒く毎日だ。広々とした庭に水を撒いていると、濡れた土の上をアリやバッタ、丸虫などがせわしげに動き始める。蝶に蜂、アブも飛んでくる。
広々とした庭一面に雑草を育てているのだが、その庭の中央に緩やかなS字カーブを描く一本の小径を作り、門から家の玄関までを結ぶ。小径には草が生えないように、小さな芽も抜いている。草の原のあいだを通り抜ける通路ができあがる。門を入り、小径を通り、家の玄関へとたどり着く。今は誰も住んではいない、がらんとした空間。空き家になって約1年。この土地が売れてしまえば取り壊されることになっている家だ。その中をどのように表現するかを今、思案中だ。
日々の庭しごとの最中には、様々な事柄が頭の中に浮かんでは消える。夜、パソコンに向かって、そのとき考えていたことをブログに書き連ねようとするのだが、何かを思索していたという記憶はあってもその内容を思い出すことができない。庭では、草むらの中、豊かな思索とイメージが膨らみ心地の良い時間を過ごしていたというのに、ここではブログに打ち込まれた貧しい言葉の次の空白を埋める言葉さえ探しあぐねている。
空き家に椅子と机を持ち込むことにしよう。それで、庭でのあふれる言葉とイメージをうまく書き留めることができればいいのだが。

Weed03



2009年7月11日 (土)

◎ 庭の工夫

□周辺では、雑草が青々と旺盛に茂っているのだが、私の借りた庭にはなぜかあまり草が生えていない。よく見ると焼き物を細かく砕いた砂利のようなものが一面に敷き詰めてある。足下のそれをすくいとってみるとさらにその下にもっと細かい砂状のものがあらわれた。スコップで掘ってみると約10cmほどの厚みの層ができていた。念入りな除草処理が施されていたのだ。それを見た途端、庭一面に雑草を繁茂させようと想い描いていたイメージは瞬く間に消え去ってしまった。しかし、ゆっくりと庭を見渡してみると、塀際とか家の壁際など湿気を保ちやすい場所で背を伸ばしている雑草の姿が目にとまる。よく見れば、庭のところどころに小さな芽が生えだしているのも見ることができる。家の縁側に座って、じっと庭を見ていると、梅雨の雨をたっぷりと吸い込んだ後には爆発的な勢いで一気に庭をおおいつくしてしまいそうな気配が感じられるのだった。

Weed02


2009年7月 8日 (水)

◎ 家と庭

□広い庭付きの家を借りた。といっても、そこに住むわけではない。常滑フィールド・トリップ2009というアートやデザインなどを主とした展覧会の会場のひとつにするためだ。庭では雑草を育て、一面を背丈ほどもある草で埋め尽くしたいと考えている。しかし、その庭は、雑草の生えにくい処理がしてあるため思うようには草は生え出てこない。他所の庭では雑草を駆除することに苦労しているというのに、こちらはその逆だ。雑草を茂らせるなどというと一様に怪訝(けげん)な表情をされる。それにしても、こんな酔狂な話に呆れもせず(本当は呆れていたかもしれないが)、家と庭を貸してくださった大家さんには、感謝である。美しい庭に仕上げ、10月の展覧会にはぜひともお招きしたいものである。
少し古くなってしまったが、ところどころ雑草が顔を出しはじめた5月に撮影した、この家と庭の風景の写真を紹介しておこう。

Weed1